こんにちは。社会幸福祉士の古今屋です。
私は現在、認知症対応型共同生活介護(グループホーム)に勤務しています。20年以上、高齢者福祉に従事してきましたが、自分の感情の中で、付き合うのが難しいと感じるのが「怒り」です。
特に、認知症のある方と接するには、相手の思い(世界観)を汲み取り、介護者側がその思いに合わせた対応をすることが必要だと言われます。
しかし、認知症のある方の思いに合わせるというのは簡単なことではないと思いませんか?
実際に介護をしている中ではこんな場面が多くあります。
- 同じ質問を何度もされる。(数分おきに)
- 物を盗った犯人扱いされる。
- 明らかに無理な要求をされる。 (夜中に「出かけたい。」と言われる。いない人に「会いに行く。」と言われる。等)
- 急に不機嫌になり、無視や暴言を吐かれる。
等々…
どの発言も、認知症により、場所や人、時間の認識が難しい(見当識障害)ためだったり、身体の痛みや不快感から生まれる発言や行動かもしれないと十分理解していたとしても、相手から責められるというのは苦しいものです。
これは、介護のプロである、私達介護従事者も感じることなので、自宅で家族介護をされている方であれば、その苦しさは相当なものだと思います。
カスタマーハラスメント(顧客による暴言、暴行、脅迫、不当な要求等の著しい迷惑行為等)の認識が広がってきてはいますが、認知症の方の発言や行動の背景には、精神・心理症状が隠されており、ケアラーを困らせようとして行っている訳ではなく、ご本人自身も苦しんでいるという部分があるために、ご本人を責めたとしても何の解決にもならないというジレンマも感じます。
このような状況が続くことで、介護者の負担が増大し、怒りが生まれる原因になっていきます。
また、介護従事者であれば、対ご利用者以外に、業務の中で密な連携が必要になる、同僚の職員、上司、部下とのやりとりの中でも、意見の違いから怒りを感じる場面もあるのではないでしょうか?
今回は、介護者が「怒り」とうまく付き合っていくための方法として知ってほしい、アンガーマネジメントについてお伝えしたいと思います。
ストレスとは
まず、初めに、私たちが普段何気なく使っていて、怒りと密接に関係しているストレスという言葉について、ストレスとは何なのかを考えていきたいと思います。
風船を例に…
ストレスとは、そもそもは「外的圧力により物体に歪みが生じた状態のこと」をいいます。
よく例としてあげられるのが、風船です。
空気が入り、張っているのが正常な状態。それが外側から押される力(ストレッサー)により圧力がかかり、風船に負荷がかかった状態をストレス状態と呼びます。
負荷が適度な場合、ストレッサーが取り除かれれば、元の形に戻りますが、負荷が強すぎると、変形したり、破裂することになります。この変形や破裂といったストレス状態から現れる症状のことを「ストレス反応」と呼びます。
では、なぜストレスが生まれるのか、それは、生きていくため(危険を認識し命を守る)、成長するため(マズローの欲求5段階説の上位を目指す)に必要だからです。
ストレッサーの種類
ストレッサーとは、ストレスの原因となる圧力のことだと書きました。ストレッサーには、種類があります。
1.物的ストレッサー…
温度や音、光など。例えば、暑すぎる気温や冷たい水、騒音、眩しすぎる光など。
2.化学的ストレッサー…
薬物、公害物質、酸素欠乏・過多など。
3.心理・社会的
ストレッサー…
仕事の量や質、人間関係の問題など。
介護の場面に置き換えると、
物的ストレッサーは、排泄介助等の不衛生な環境や、不快な音、臭いを感じる状況に置かれるなどが挙げられます。
化学的ストレッサーは、消毒液の臭いや刺激、過度の消毒による皮膚への負担などです。
そして、介護士が一番多く感じるものが心理・社会的ストレッサーではないでしょうか。これは、ご利用者やご家族、他職員との関係による問題、時間に追われる切迫感、その方の人生を支えるといった重い責任から生じるプレッシャーなど様々考えられます。
ストレス反応
ストレッサーによりストレス状態になり、生じた歪みをストレス反応と呼びます。
ストレス反応は以下に分けられます。
1.心理的…
- 情緒的反応…不安、イライラ、緊張、無気力など
- 心理的機能…思考・判断力低下、短期記憶喪失など
2.身体的…
頭痛、嘔吐、めまい、睡眠障害などの全身症状
3.行動面…
他者を攻撃、破壊、感情失禁、過(拒)食、逃避など
上記のような状態が一時的で、その後改善され、症状が消失すれば、問題はありませんが、症状が長期化した場合は、人間関係の悪化や、社会的不適応、抑うつ状態に移行していく可能性が高まります。
ストレス反応が見られた場合は、そのまま放置せず、早めに対処することが重要です。
ストレス反応への対処法:コーピング
では、ストレスには、どの様に対処すればよいでしょうか?
対処方法として、コーピングがあります。
これは、ストレスを感じた場合、3つの焦点からアプローチし、ストレスの軽減を図る対処方法です。
以下がその方法です。
1.問題焦点型
…ストレッサー自体に働きかける。
2.情動焦点型
…ストレスの感じ方、考え方に働きかける。
3.ストレス解消型
…ストレス発散など
問題焦点型は、自分が感じているストレスの根本を洗い出すことにつながります。例えば、特定のご利用者に対してイライラした感情を持ってしまうといった場合。それは、自分の認知症に対する知識が足りないために不適応な声がけをしてしまっているからかもしれませんし、ご利用者のアセスメントが不十分なために、相手の思いを理解できていないことから生じる感情かもしれません。再度、認知症の勉強をすることで、より適切な声がけができるようになったり、アセスメントシートを読み返し、その方の背景を理解できれば、イライラした感情が軽くなることもあります。
情動焦点型は、ストレスに対する考え方、見方を変えるといった、自分の内面に働きかける方法です。今回のメインであるアンガーマネジメントは、この情動焦点型のアプローチの1つです。こちらについては、この後、お伝えします。
ストレス解消型は、ストレスの原因と関係無く、自分の気分が上向きになるような活動を行うことです。夢中になれる時間を持つことで、自分の頭の中を占領している問題から意識を離れさせ、思考をクリアにすることにも繋がります。自分は何をしている時に楽しみや喜びを感じるのかを、知っている方はストレス発散が上手です。
この3つを意識してストレスと向き合うことだけでも、自分の中にある得体のしれないモヤモヤの形が見え、ストレスに対峙する勇気が生まれてきます。
怒りとは…
ここまでは、普段何気なく使っているストレスという言葉について、ストレスとは何か、それに対処するにはどのような方法があるのかをお伝えしました。
ここからは、「怒り」についてより詳しく考えていきたいと思います。
怒りとは、前述したストレス反応の1つです。
怒りが発生する原因には2段階があり、まず、自分の理想、価値観(~べき)が否定されるのが1段目、そこに、焦り、痛み、眠気、空腹等のストレッサーが加わることで、怒りの感情が増大するのが、2段目です。介護士の場合は、夜勤帯など、眠気があったり、疲労が蓄積されている時には、普段は受け流せることにもイライラしてしまいませんか?これが2段目にあたります。
怒りの効果として
プラス面では、
モチベーションをアップさせ、目標を達成することにつながります。
マイナス面では、
攻撃性が強まることで、
外的には、「物を破壊する、暴力的になる、口調が荒くなる」場合があり、
内的には、「自己否定、自己批判」など、自分を責める傾向が見られます。
特に介護士が感じやすい怒りの原因としては、
- 業務に追われ、時間内に仕事が終わらない。
- マルチタスクが求められるので、苦手な作業も行わなければいけない。(上手くできないと怒られる)
- ご利用者、職員、環境に対して生まれる「~べき」といった感情(お年寄りだから、年相応にするべき。いちいち言われなくても空気を読んで動くべき。上司(部下)とはこうあるべき。…)
等があります。
また、仕事以外のプライベートな部分で感じたマイナス感情が出勤してからも尾を引き、怒りを感じる閾値が低くなってしまうことで、普段はうまくかわせる場面でも、強い怒りを感じてしまう時があります。家族介護をされている方であれば、休息の場であるはずの自宅が、介護の現場となってしまうことで、心が休まらずに疲弊し、怒りが生まれてしまう可能性もあります。
アンガーマネジメントの方法
ここまで、介護者が感じやすい「怒り」について説明してきました。
ここから、実際に怒りとどのようにして付き合っていけばよいのか、怒りに対する情動焦点型のコーピングである、アンガーマネジメントについてお伝えします。
まず、アンガーマネジメントは怒りを悪い感情だと否定することが目的ではありません。
怒りを「悪い感情」だとしてしまうと、
怒りを感じている自分 = 悪い(ダメな)自分
もしくは
自分に怒りの感情を抱かせている相手 = 悪い(ダメな)人
という気持ちになってしまいます。これでは、いつまでたっても怒りの感情は消えません。
自分の中にある、怒りを理解し、上手に付き合うことで極度のストレス反応を抑え、自分の感情をコントロールするすべを身に付けることが目的だということを意識してください。
ここからは、アンガーマネジメントの7つの方法をお伝えします。
6秒数える
怒りの感情を感じたとしても、6秒後には怒りが軽減すると言われています。今までの自分の経験から考えても、「カチン」ときて相手に言い返すには6秒以内、むしろ1・2秒の時が多かったのではないでしょうか?
まずは、6秒数えることを実践してみてください。
怒りがわいた時にいうセリフを決めておく
これは、先ほどの6秒数えることと合わせて行えば効果的です。
怒りを感じた時、ただ、じっと6秒数えると意外に長く感じます。
ですので、怒りを感じたと思ったら口ずさむ、おまじないの言葉を作っておくのがいいです。
言葉の内容はなんでもいいですが、できれば、ネガティブなものよりポジティブな内容が適しています。
「怒ったら負け。…」「冷静になれ。…」「怒ったらしわが増えるぞ。」や、自分の好きな歌のフレーズを口ずさむのでもいいです。
相手から怒りを感じる様な発言をされた場合
「今の発言は傷つくな~。」「きつい事言いますね~。」等と、軽くかわすような言葉を準備しておくのも効果的ですね。
某芸能人の方は、怒りを感じる様な言葉を言われた時には、「どんだけー。」と言うようにしていると話していました。
皆さんも、自分なりのおまじないを考えてみてください。
深呼吸する
心を落ち着かせる方法として定番になっている、深呼吸です。ゆっくり息を吸い、ゆっくりと最後まで吐き切る。これを繰り返すことで、副交感神経の働きが強まり、緊張状態からリラックス状態へと移っていきます。こちらも、6秒数えるのと合わせて行えば、怒りを鎮める効果が強まります。
怒りを点数化する
自分の怒りを点数化することで、自分の状況を俯瞰することが出来ます。これは、狭くなっている視野を広げ、客観的にものごとをみるという、いわゆるメタ認知を利用し、怒りと向き合う方法です。これを行うことで、怒りから生まれる衝動的な行動を抑えることができます。
怒ることで生まれる、負の面を考える
怒ることによる弊害は、相手との関係の崩壊やキレやすい人というレッテルを貼られてしまうなど沢山あります。そうなると、結局は、仲間がいなくなり孤独になるなど、自分自身が辛い思いをすることになります。怒りを吐き出すことで生じてしまう、負の面を考え、自分の精神衛生のためにも良くないことを普段から意識していれば、一旦、冷静になることができます。
その場から離れる
どうしても怒りが収まりそうにない時には、その場を離れる方法もあります。自分がうまく感情を抑えられたとしても、相手も同じように抑えられているとは限りません。お互いに距離をとることで、冷静さを取り戻す時間を作ることができます。
成功体験や嬉しかった経験を思い出す
これは怒りによって生じるストレス反応を、ポジティブな気分に変換することで軽減することが目的です。成功体験や嬉しかった経験は、自己肯定感や自己効力感といった自分にとってプラスになる感情を引き出してくれるものです。怒りを感じた直後に成功体験を思い出す余裕が無い場合は、大切な人の写真を見たり、自分が好きな動画を見ることでも効果があると思います。
まとめ
怒りにはプラス面もありますが、圧倒的にマイナスの影響を及ぼす面が強いです。
怒りを完全に無くすことは難しいですが、自分自身の考え方次第で上手に付き合うことはできます。
怒りと上手に付き合うことのメリットは、
自分の感情を素直に受け止められる、ストレスが減少する、コミュニケーションが円滑になる、パワーハラスメントを防止する、自分とは違う価値観に寛容になる、生産性が上がる
効果として冷静な判断ができるようになり
緊急時への適切な対処ができる、円滑な人間関係が構築できる、心理的安全性の高いチームが構築できる等の副次的な効果も期待できます。
介護に携わっている方は、優しい気持ちと、苦しい気持ちを対立させながら、日々頑張っていると思います。
今回の記事が少しでも皆さんの気持ちを楽にできたら嬉しいです。
自分のことも大切にしながら、周りの方々の幸福を実現できるようにしていきましょう。
最後まで読んで頂きありごとうございました。